春山 純一の自己紹介

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宇宙航空研究開発機構(JAXA)の一部門である宇宙科学研究所(宇宙研:ISAS)で月惑星科学研究・月惑星探査プロジェクトに携わっています。また、JAXA月惑星探査グループ(JSPEC)の一員として、月惑星探査を企画・推進しています。宇宙研では、講義は持ちませんが、実質的に大学院生の研究指導を行っています。また、国立大学熊本大学や、県立会津大学では客員准教授として学生への講義(月惑星探査学、月惑星探査データ解析実習)をしています。以下に私の簡単な自己紹介をしたいと思います。

 

東京生まれ。建築家の父、祖父を持つ。宇宙に関する思い出の最初は、東京の団地住まいの時に近所のお兄さんに見せてもらった望遠鏡で見た土星でしょうか。小学校1年生の時か2年生の時の月食をスケッチしたことも。そして、スーパージェッター、マジンガーZ、宇宙戦艦ヤマトなどをテレビに食らいついて見ていた、バリバリの科学・宇宙アニメ世代です。 小学2年生の時に福島に移り、多くの伸びやかな友人たちと豊かな自然に囲まれ、育つことになりました。 近くの信夫山での蝶採集にもハマったりもしました。近郊の吾妻山で、藤井旭氏が主催する観望会に出たこともあります。

高校は、県立福島高等学校。入学後、即、祖父もやっていた硬式野球部に所属しました。その数年前赴任された、別高校を甲子園に導かれた経験もある加藤仁一郎先生の特訓の元、野球に明け暮れました。学業からはどんどん遠ざかりましたが、一つのことに集中した高校時代は最高の思い出の一つです。。。1番・センター。あの頃は足も速かった(かな?)。 一つ上の学年には、今や全国レベルでも名を馳せる聖光学院率いる齋藤智也さんや、豪腕・剛球投手ながら、勉学の実力で慶應大学に進学しオリンピックに出場、銀メダルも獲得され、更にはその後、西武ライオンズでプロ野球選手となられた鈴木哲さんらがおられました。期待された上の学年でさえ甲子園は残念ながら果たせませんでした。実力で遙かに劣ると言われた我々は、先輩方に負けじと練習に励んだものの、高2秋・高3夏いずれも県大会ベスト4と後一歩に終わり、残念ながら甲子園の夢は果たせませんでした。

高3で野球が終わって、嫌が上でも進路の決定に向き合わなければならなくなりました。そんな折り、立花隆の「宇宙からの帰還」に触発され、またガンダムの映画を劇場で見た際、圧倒的な大きさで迫ってきたスペースコロニーを見て、大学では宇宙を学んでみたいと思うようになりました。しかし、3年間何も勉強してこなかった結果は明らかで、浪人することになりました。浪人時代、予備校講師に影響されたこともあり、大学では「きちんと物理を勉強してみたい」と考え、二浪の後、京大理学部へ。学部では、地球電磁気学を専攻。杉浦正久先生・荒木徹先生・寺澤敏夫先生らにご指導いただくことになりました。その後、京大大学院に進学。寺澤先生のご紹介もあり、同期の齋藤義文君とも一緒に、京大に籍を置きつつ、神奈川県相模原市の宇宙研に場所を移し院生時代を過ごすことになりました。修士過程では、河島信樹先生のご指導の下、ボエジャー2号のオカルテーション観測実験に参加し、海王星の中性大気に関わる研究を行う機会に恵まれました。博士課程では山本哲生先生、水谷仁先生らにご指導いただき、彗星核の熱史にかかわる理論的研究を行いました。

大学院の終わり頃から、Muses-C(後のハヤブサ)の立ち上げに参画し、特にカメラを検討をしました。しかし、博士号取得後、カリフォルニア工科大学で、地球の熱史に取り組むことになり、後を佐伯和人君(現大阪大学)に託し(?)、留学(その後、佐伯君もフランスに留学)。とにかく刺激のある楽しいパサデナ生活でしたが、一年を経ずして帰国。宇宙開発事業団(NASDA)ポスドクのポジションを得ることになりました。NASDAにて長島隆一氏を中心とする月探査計画立ち上げに参画。この計画は、SELENE(後に愛称として「かぐや」)としてプロジェクト化されることになります。 SELENEは、当初打上予定の2002年が大幅に遅れるも、関係各位、特にNASDAや宇宙研の中心の方々の大変なご尽力により、2007年打上に至りました。SELENE計画では、地形カメラ、マルチバンドイメージャ、スペクトルプロファイラの開発に携わりました。これらの機器は、最後の最後まで良好なデータ取得に成功しました。

現在、自分が関係したSELENEの機器のデータ校正・補正、そして何より待ち望んだデータの科学解析を行っています。また、他の国も含めた将来探査にも数多く関わっています。

(春山 純一/専門 月惑星科学、月惑星探査)

春山の問い合わせ先:
haruyama.junichi_at_jaxa.jp
(「_at_」を、半角@に代えてお送り下さい。)

現在の職務

独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 助教 (本務)
公立大学法人 会津大学 大学院コンピュータ理工学研究科 特任上級准教授 (兼務)
国立大学法人 熊本大学 客員准教授 (兼務)
学校法人 相模女子大学 講師(非常勤) (兼務)
学校法人 東京理科大学 講師(非常勤) (兼務)
  

履歴

学歴

昭和60年(1985年) 京都大学理学部 入学
平成 元年(1989年) 同 卒業(理学士)
平成 元年(1989年) 京都大学大学院理学研究科修士課程(地球物理学専攻)入学
平成 3年(1991年) 同 終了 (理学修士号取得)
平成 3年(1991年) 京都大学大学院理学研究科博士後期課程(地球物理学専攻)進学
平成 6年(1994年) 京都大学大学院 退学(理学博士号取得)
<学位>
 理学博士(京都大学/甲第5787号)
 学位論文題目 "Thermal History of Comets during Residence in the Oort Cloud"

職歴

平成 6年(1994年) 京都大学大学院在籍のまま 日本学術振興会 特別研究員(DC)就職)
平成 6年(1994年) 理学博士号(京都大学)取得)
平成 6年(1994年) 日本学術振興会 特別研究員(PD))
平成 7年(1995年) カリフォルニア工科大学 客員研究員)
平成 7年(1995年) 新技術事業団  特別研究員 (宇宙開発事業団 在勤))
平成 8年(1996年) 宇宙開発事業団 (招聘研究員)
平成 9年(1997年) 宇宙開発事業団 (開発部員)
平成10年(1998年) 宇宙開発事業団 (副主任開発部員)
平成15年(2003年) (宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所 3機関統合により)
              宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部(助手)
平成19年(2007年) 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 固体惑星科学研究系(助教)
             (~2012)
平成20年(2008年) 公立大学法人 会津大学 大学院コンピュータ理工学研究科(特任 准教授)
             (~2010)
平成21年(2009年) 国立大学独立行政法人 熊本大学 理学部(客員准教授)
             (兼務/~現在に至る)
平成21年(2009年) 米国 ハワイ大学マノア校(客員研究員)(兼務)
平成23年(2011年) 公立大学法人 会津大学 大学院コンピュータ理工学研究科(特任 上級准教授)
             (兼務/~現在に至る)
平成24年(2012年) 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 太陽系科学研究系(助教)
             (~現在に至る)
平成26年(2014年) 相模女子大学 講師(非常勤)
             (~現在に至る)
平成28年(2016年) 東京理科大学 講師(非常勤)
             (~現在に至る)

平成21年(2009年)~平成23年(2011年) 米国地球物理学連合(AGU) 機関誌 Journal of Geophysical Research (JGR) -Planets (http://www.agu.org/journals/je/) Associate Editor

大学での講義

現在、講義を持たせていただいている大学

公立大学法人 会津大学 大学院コンピュータ理工学研究科

国立大学独立行政法人 熊本大学 理学部

大学法人 東京理科大学 理工学研究科

大学法人 相模女子大学

地球・月惑星科学の勧め

私は、会津大、熊本大、あるいは早稲田大学などで、地球・月惑星科学分野の講義をさせていただいています。 地球・月惑星科学とは、「地球や月惑星の間にどのような類似性あるいは特殊性があり、それがどのようにもたらされたのか、その必然性、普遍性・特殊性を調べる」学問(惑星科学会 学会概要より一部抜粋)であり、地球や月惑星そして太陽系といった対象を、様々な学問、すなわち物理学、地質・鉱物学、大気学、海洋学、地震学、超高層電磁気学、更には生命科学等を総合的に駆使して調べていく学問です。

私は、是非、こうした各種学問の総合によって初めて多くのことが解明できる、この地球・月惑星科学という学問に取り組みつつ、また、講義の機会を通して、この学問の魅力を伝えていけたらと思っています。

地球・月惑星科学は、日本の将来担う人々にとって、是非学んでもらいたい学問です。まず第一に、それ自体が面白い! 地球は言うに及ばず、今や多くの探査機が飛び実地でデータを取得し、サンプルまで持って帰られる時代です。こうした多くのデータを総合して解析し、より確からしい解を知りうる段階に来ているのです。一方で、データが集まれば集まるほど、解くべき課題が増え、かつ謎が深まっていっているのが地球・月惑星科学です。複雑極まりなく見える事象を、多くのデータを駆使し総合的に解釈し突きとめ、その解を得たときに得られる感動体験は(或いは、往々にして、結局答えが得られずに悔しく思う苦い体験)は、例え将来学問の道には進まず社会に出るとしても、社会の中で力強く生き、我が国の将来に明るい未来を見せることに先導的な立場になってもらえる人材になるために、大いに役立つと思っています。

更に、地球・月惑星科学の特質は、その対象が、我々人間がまさに立つ地球を理解しようとする学問であるということです。つまりそれは、先に述べた「純粋に面白い」という以外に、この学問分野で得られた知見は、我々人類の将来をよりよくすることにつながる可能性も大きい、ということです。地球・月惑星科学の知見でもって我が国の更なる繁栄、そして世界の繁栄につながることにもつながることが期待されるのです。資源の少ない日本が、その智恵で貢献できるとすると、この地球・月惑星科学の分野がその一つではないかと思います。この学問について、我が国の将来を担う人たちが、最先端の研究とまでいかずとも、学び、理解することは、我が国の将来にとっても有意義なのではないでしょうか。

地球科学という学問は、古来、実地に即した学問でした。しかし、更に、この半世紀も満たない人間の歴史から見ると非常に僅かな間に、テクノロジーの急速な発達によって、人工衛星、或いは月惑星探査機という強力な武器が与えられることになりました。この武器によって、全球的な調査や、月惑星探査に基づく比較が可能となり、地球「月惑星」科学という学問に大きく広がったのです。こうした、人工衛星、或いは月惑星探査機を打上げられる技術を独自に持つ国は、実のところそう多くありません。宇宙探査技術の先進国である日本は、その意味で、宇宙科学を学ぶと言う点で非常に恵まれた国であり、その技術を発展させ、学問の発展において中心的な役割を担うことは、我が国の特権であり、使命でもあります。このことからも、我が国の将来を担う人たちに、是非とも地球・月惑星科学を学んでもらい、理解を深めてもらうとともに、この学問に興味を持ち、この道へと進んでくれる人たちがでてきてくれればと思っています。

業績

【 まことに申し訳ありません。現在、整備中です 】

書き物・インタビュー記事